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「能の音楽」「又三郎」公演中止および払戻しに関するお知らせ(3月4日更新)

公演中止および払戻しに関するお知らせ

公益財団法人仙台市市民文化事業団では、新型コロナウィルス感染症拡大防止の施策により、2020年3月末までに開催を予定していた以下の事業を中止することといたしました。

3月15日(日)「能の音楽~男女の舞~」
3月21日(土)~22日(日)「高校生と創る演劇『又三郎』」

公演間近のご案内となりましたことをお詫び申し上げますとともに、ご理解賜りますようお願い申し上げます。つきましては、該当公演のチケットの払戻しを行いますので、下記をご確認のうえ払戻し期間内にお手続きをお願いいたします。

■払戻し期間 2020年3月9日(月)~3月27日(金)まで

■払戻し方法

1.仙台市市民文化事業団(日立システムズホール仙台)、仙台銀行ホール イズミティ21、
      せんだい演劇工房10-BOX、宮城野区文化センター、藤崎プレイガイド(「ぴあ」発券分を除く)、仙台三越にてご購入されたお客様

下記①~④のいずれかの方法にて払戻しいたします。

① チケット郵送・銀行振込での払戻し

払戻し受付期間内に下記住所まで、チケットとともに必要事項を記入したメモを封筒に入れて、『特定記録郵便』にてお送りください。チケット代金とご負担いただいた郵送料を合わせた金額を3月下旬から順次ご返金いたします。

・郵送先

〒984-0015 仙台市若林区卸町2-12-9  せんだい演劇工房10-BOXチケット払戻し係

・郵送物

a. チケット(半券を紛失したものは無効です)

b. 下記の必要事項を記入したメモ

   郵便番号、住所、氏名(ふりがな)、お電話番号、チケットの枚数、購入場所(お判りの場合)、

   銀行名(七十七銀行の口座をお持ちでしたら、ご指定いただけると幸いです)

   支店名、口座種別(普通or当座)、口座番号、口座名義(ふりがな)

※メモに記入いただいた個人情報は、該当公演のチケット代金の払戻しを目的とした業務にのみ使用いたします。
※ご返金完了のご連絡は行いませんので予めご了承ください。

② せんだい演劇工房10-BOX(仙台市若林区卸町2-12-9)での払戻し

 事務室にチケットをお持ちください。チケットと引き換えに返金いたします。(払戻し受付時間 9:00~21:00)

③ 日立システムズホール仙台(仙台市青葉区旭ヶ丘3-27-5)での払戻し

 1階事務室にチケットをお持ちください。チケットと引き換えに返金いたします。(払戻し受付時間 9:30~19:30)※3月16日(月)・17日(火)は休館日につき払戻しができません。

④ 仙台銀行ホール イズミティ21(仙台市泉区泉中央2-18-1)での払戻し

 1階事務室にチケットをお持ちください。チケットと引き換えに返金いたします。(払戻し受付時間 9:30~19:30)※3月16日(月)は休館日につき払戻しができません。

 

2.チケットぴあ(セブンイレブン、ファミリーマート等)にてご購入されたお客様

払戻し方法は、チケットの受取方法や支払方法などにより異なります。
下記URLよりどの払戻し方法になるのか確認をお願いいたします。

http://t.pia.jp/guide/refund.html

お問い合わせ:チケットぴあ 0570-02-9111(オペレーター対応:10:00~18:00)

 

3.ローソンチケットにてご購入されたお客様

お買い上げのローソン、ミニストップ店舗にて直接払戻しをさせていただきます。
お手持ちの未使用チケットをお持ちの上、ご来店ください。
※配送引取されたお客様は最寄りのローソン店舗で払戻しをさせていただきます。
※チケットを店舗で発券前のお客様は、一度店舗で発券していただき、その店舗で払戻しをさせていただきます。

http://l-tike.com/oc/lt/haraimodoshi/

お問い合わせ:ローソンチケット 0570-000-777(10:00~20:00)

 

4.イープラスにてご購入されたお客様

払戻し方法は、チケットの受取方法や支払方法などにより異なります。
下記URLよりご確認をお願いいたします。

⇒(中止の場合)https://eplus.jp/sf/refund1

お問い合わせ:イープラス https:/eplus.jp/qa/

 

 

<チケット払戻しに関するお問合せ>

せんだい演劇工房10-BOX TEL:022-782-7510  FAX:022-235-8610  E-Mail:contact@gekito.jp

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新型コロナウィルス感染症拡大防止の施策に伴う主催事業の中止について (2020年4月9日更新)

新型コロナウィルス感染症拡大防止の施策に伴う主催事業の中止について

このたびの新型コロナウィルス感染症の感染被害を受けた方々、
また感染拡大防止のため日常活動の制限を余儀なくされておられるたくさんの皆様に、
心よりお見舞い申し上げます。

また、感染拡大予防のために尽力されておられる皆様に心より御礼申し上げます。
せんだい演劇工房10-BOX(公益財団法人仙台市市民文化事業団 舞台芸術振興課)では、
新型コロナウィルス感染症拡大防止の施策により、
2020年7月上旬までに開催を予定していた以下の主催及び共催事業を中止することといたしました。

3月15日(日)        『能の音楽~男女の舞』

3月21日(土)・22日(日)    高校生と創る演劇『又三郎』

3月25日(水)        『子育ていろいろシェアリング』

3月22日(日)       IMS 声とことばの磯貝メソッド仙台塾『声の広場』(共催事業)

4月19日(日)・20日(月)   『子育ていろいろシェアリング』

3月13日(日)~7月7日(火)   『能のおけいこ体験講座』

詳細は各公演の情報ページをご覧ください。

出演者やスタッフ等関係者の皆様、
そして公演等を楽しみに待ってくださっていたお客様には大変申し訳ございません。
何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

せんだい演劇工房10-BOX

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「仙台舞台芸術フォーラム 2011→2021東北」オープニングイベント

仙台舞台芸術フォーラム 2011→2021東北

オープニングイベント

東日本大震災後の舞台芸術に焦点を当て、2019年度から3ヵ年にわたり開催する「仙台舞台芸術フォーラム」。そのオープニングとして、東北で活躍する3人の劇作家が、自身が震災後に創り出した戯曲を現在の視点で再編成した作品を上演します。

上演後のトークセッションでは、劇作家がひとりの人間として、震災から今に至る時間の流れの中で、どのように表現と向きあってきたのか、また、今回の上演にはどのような想いを込めたのかを聞き、ご来場の皆さんとの対話の機会としていきたいと考えます。

【上演作品】
「はなして」作・演出 生田恵 
「徒然だ」 作・演出 なかじょうのぶ
「壊れる水」(演劇『祝/言』より) 作・演出 長谷川孝治

 

【日時】
2020年2月15日(土)・16日(日)
両日とも14:00開演 17:00トークセッション
※途中休憩あり

13:30~ 開場

14:00~ 演劇・ドラマリーディング(両日とも)

「はなして」*上演時間 約35分
「徒然だ」 *上演時間 約60分
「壊れる水」*上演時間 約60分→約45分に変更となりました

17:00~ トークセッション(両日) *約60分

「劇作家は、震災をどのように受け止めたのか」Ⅰ・Ⅱ
出演:生田恵、なかじょうのぶ、長谷川孝治 ほか
司会:伊藤み弥(演出者)

 

【会場】
せんだい演劇工房10-BOX box-1(宮城県仙台市若林区卸町2-12-9)

 

【料金】
全席自由1,500円(各日とも・日付指定)

 

【チケット取り扱い】
◎仙台市市民文化事業団(日立システムズホール仙台1階)
 [窓口販売]☎022-276-2110/9:30~19:30/休館日を除く
 [電話予約]☎022-727-1875/平日9:30~17:00
仙台銀行ホール イズミティ21
 ☎022-375-3101/9:30~19:30/休館日を除く
◎せんだい演劇工房10-BOX [窓口販売のみ/9:00~21:00]
チケットぴあ(Pコード:499-258)
ローソンチケット (Lコード:21427)

託児あり:要事前申込・1月30日(木)まで(下記問い合わせ先のいずれかからお申し込みください)

【スタッフ】
舞台監督:菅原玄哉(有限会社おむらいすファクトリー)
照明:髙橋亜希
音響:櫻井楓(有限会社舞台監督工房)
宣伝美術:大宮司勇(idoraphics)

【お問い合わせ】
せんだい演劇工房10-BOX
TEL:022-782-7510 / FAX:022-235-8610/E-mail:contact@gekito.jp

【主催】
公益財団法人仙台市市民文化事業団/仙台市

平成31年度文化庁文化芸術創造拠点形成事業

 

 

【作品について】

演劇『はなして』 

(「はなして」INDEPENDENT:2nd Season Selection [2012年 撮影:INDEPENDENT] )

【作・演出】
生田恵(三角フラスコ)

*2011年8月初演作品を再構成(上演時間 約35分)

夏に上演する作品の製作中に東日本大震災が起こる。物語る言葉はばらばらになってしまったけれど、記憶と言葉の欠片を繋いだ戯曲と外界との境界線を失った身体で出来上がった『はなして』は物語以前の、土地と風景の記録だった。2011年8月、INDEPENDENT JAPAN TOUR in 仙台において初演。4都市で17ステージ上演。

【出演】
瀧原弘子(三角フラスコ)
渡辺千賀子(三角フラスコ)
岩佐絵理(SteamTV)
後藤史織
柚彦
前田佳澄
文音
山澤和幸
横山千真

真田鰯 ※15日のみ
岩住浩一(シェイクスピア・カンパニー) ※16日のみ

【プロフィール】
生田恵

仙台市出身。劇作家、演出家。1995年に三角フラスコを結成、初代代表を務める。以降、2012年までの38作品ほぼ全てにおいて作・演出を担当。2012年8月、出産のため一旦劇団の活動から離れるが2014年春に復帰。現在は、育児をしながら脚本を執筆するとともに、演劇の手法を用いた産み育てワークショップなども手がける。

 

ドラマリーディング『徒然だ』 

(「徒然だ」2015年栗原公演 )

【作・演出】
なかじょうのぶ(劇団三ヵ年計画)

*2015年初演の演劇作品を再構成(上演時間 約60分)

「オレオレ」「ナミオちゃんかい?」「ナミオ?そう俺ナミオ」老婦人が問い返した名前は未だ帰らぬ孫の名前。老婦人に聞いた道を訪ねて行くと墓石の前へ。置き忘れたモノを見つけ、そこに自分を登場させると物語は走りだすと力説する絵画講師。突然に止まった老婦人の時間は徒然な絵本の頁に入り走りだしてゆく。老婦人はナミオの声を聞いたのだ。「頁をめくりますよ」と聞こえたのだ。

【出演】
東加代子(劇団三ヵ年計画)
海苔のりこ(劇団三ヵ年計画)
ヒビカミカ (劇団どんちょうの会)
Kイノマタ(劇団三ヵ年計画)
なかじょうのぶ(劇団三ヵ年計画)
大前雅信(劇団三ヵ年計画)
絵永けい(石川組)
宿利左紀子(石川組)
片倉久美子(石川組)

【演奏】
白鳥颯也

【プロフィール】
なかじょうのぶ

1983年より独人芝居を始め16作品上演。1998年独人芝居『カイゴの鳥』劇作家協会新人戯曲賞受賞。2002年度宮城県芸術選奨受賞。2005年『木製家族』第三回近松賞最終候補作品。2010年劇団三ヵ年計画結成。2011年旗揚公演リハーサル中、東日本大震災に遭う。令和元年『vol.6失念』吉野作造記念館風の沢ミュージアム、せんだい演劇工房10-BOXにて上演。

 

ドラマリーディング『壊れる水』 

(「祝/言」より 撮影:鈴木理策 )

【作・演出】 
長谷川孝治

*2011年10月初演の演劇『祝/言』を再構成(上演時間 約60分→約45分に変更になりました)

 2011年3月11日午後2時46分。その日、その時刻からの、ある東北の劇作家と彼と一緒に舞台を作ってきた演劇人たちの小さな記録。逝った者と逝かれた者、壊れたモノと壊されたモノを、小説というフィクションを借り、引用というリアルを混入しながら描く。東日本大震災以後とは、失われてしまった「言葉」をもう一度取り返す日々であった。中断された「物語」を再び紡いでいく時間であった。

【出演】
福村彩乃(青森県立美術館演劇部)
佐々木優(青森県立美術館演劇部)
高橋淳 (弘前劇場)
長谷川孝治(弘前劇場)

【映像】
串田明緒

【写真】
高橋淳

【プロフィール】
長谷川孝治

劇作家・演出家。青森県立美術館舞台芸術総監督・NPO弘前劇場理事長。1978年劇団「弘前劇場」結成(現NPO法人弘前劇場)。1996年第1回日本劇作家協会最優秀新人戯曲賞。2006年~現在、青森県立美術館舞台芸術総監督。2013年日中韓国際演劇制作作品『祝/言』をソウル、チョンジュ(全州)、テジョン(大田)、北京、上海、青森、仙台、東京の8都市で上演。

 

 

「仙台舞台芸術フォーラム」について

東日本大震災発災から8年以上が経過した現在も、ここ東北地方では市民生活にさまざまな形で深刻な影響が残っています。とくに大切な方を失った人や、今なお生活再建が困難な人は、時が経ち風景が変わり、他者との関係がかつての日常に戻れば戻るほど、当人の変わり難い心象が置き去られていくことが危惧されます。また一方で、被災地域の周辺に住みながら大きな喪失と向き合わずに済んだ人にとっては、「自分は被災者であるのか」という漠とした葛藤や、割り切れない「何か」を心に抱えたままの生活が、これからも続いていくことでしょう。

生活の上に拠って立つ文化芸術活動やその作品は、「あの日」に私たちの生活が大きく変わって以来、同様に大きく変化しました。時が経ってようやく語られる言葉があり、今なお語ることができない言葉があります。震災は「これまで」も、そして「これから」もアーティストの思考・思想・行動に影響し、時には作品という形で表出していくことでしょう。

公益財団法人仙台市市民文化事業団と仙台市では、震災後の舞台芸術に焦点を当て、2019年度からの3ヵ年にわたり「仙台舞台芸術フォーラム」を開催します。一人ひとりの思いや表現を共有し、対話を通じてともに考えていく「広場=フォーラム」を作り、また、この地における将来の舞台芸術活動への「基点」としていきたいと考えています。

【アドバイザリーボード】
・宮田慶子(演出家/新国立劇場演劇研修所所長/東京都)
・萩原宏紀(いわき芸術文化交流館アリオス 企画制作課/福島県)
・くらもちひろゆき(日本劇作家協会 東北支部長/岩手県)
・矢口龍汰(いしのまき演劇祭実行委員長/宮城県)
・武田篤彦(「宮城県復興応援ブログココロプレス」元編集デスク/宮城県)

※敬称略・順不同

【2020~2021年度の予定】
東日本大震災に関する過去作品の再演や新作の上演、トークセッション、舞台芸術関係者へのインタビューに基づく冊子制作等を予定しています。

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仙台舞台芸術フォーラム インタビュー(長谷川孝治)

「仙台舞台芸術フォーラム」インタビュー 

長谷川孝治

インタビュー・編集:谷津智里

 

ポストドラマとしての「祝/言」と「壊れる水」

(『祝/言』より 撮影:鈴木理策 )

谷津 「壊れる水」は2013年に上演した「祝/言」のドラマリーディングということになっていますよね。でも戯曲を読むと「祝/言」の内容は書かれていないように思います。

長谷川 最初、「祝/言」の再演もしくはドラマリーディングをやって欲しいとご依頼をいただいたんですが、「祝/言」は、中国・韓国との交流事業で、向こうの俳優や音楽家と一緒に作った作品です。それをやろうと思ったら、俳優も音楽もすべて同じでもう一度やるしかない。でもそれは無理です。それで今回は、「祝/言」の再構成として自分自身の物語を書きました。

谷津 「壊れる水」は長谷川さんご自身の物語なんですね。

長谷川 僕が今、責任を持ってできるのは「俺はあの震災の時どうだったのか」ということを嘘偽りなく書くことだけですから。僕は「みんなでこのことを考えてみましょう」というのには嘘臭さを感じます。不特定多数に対するメッセージは、誰かに対するメッセージでも、自分に対するメッセージでもない。そこに向き合うことを、あの震災の後、実は僕自身、して来なかったんです。僕は15年間、青森県立美術館の舞台芸術総監督を、青森県のために青森県の予算でやっているわけですが、そうすると、不特定多数に対する、不特定多数が良いと思えるようなぬるいメッセージしか出せないんですよ。でも本当はそれだけじゃダメなんです。生前どんなに誰かと一緒のつもりでも、死ぬことは自分で引き受けなきゃいけないのと同じで、震災のことも自分で引き受けようと。「壊れる水」は、戯曲だけを見ると私自身のことしか書いていません。だから観る人によっては「あれは『祝/言』じゃないじゃないか」と言われるかもしれない。でも、全体の作品としてはまさしく「祝/言」になっている。そういう風に作りました。「祝/言」の別の形での表現、と言えるかもしれません。

谷津 「祝/言」は、台詞だけでなく、音楽やダンスや写真と一緒に構成されているのが特徴的な作品でした。

長谷川 今、世界の演劇の潮流はポストドラマなんです。ポストドラマというのは、台詞中心ではなく、映像であるとか、ダンスとか、音楽とかを、主従の関係ではなく全部独立した構成要素として、演劇を成立させようということです。台詞だけ、言葉だけだと、伝わるものが単なる「情報」になってしまうんですね。言葉で表現できるものが世界の全てだという既成概念がまだまだあって、なかなかこれを打ち破るのは難しいんですが。例えばある芝居で、二人の男がものすごく牽制しあっているシーンがある。でもその男の憎しみ、怒りを、僕は戯曲にはたった一行しか書いてない。ここで、一人の方の男が怒りのタップダンスを15分やる。それが一番、観た人の中に残るんです。15分ですよ、ほぼ限界です。プロのタップダンサーは足が壊れるから15分も踊らないです。すごい迫力でやる。戯曲っていうのはそういうことです。戯曲が優位になると、とにかく書かれていることをやる。言葉以外の世界は無い、言葉の世界から出てしまったものは我々には関係ないということになってしまう。僕はそうは思わない。もっとはみ出るものがあって、むしろはみ出たものの方が美しい、はみ出たものしか見たくないというのがあって。戯曲に書かれているのは僕の言葉です。でもそこから漏れてくるもの、例えば、俳優が一人立ち尽くす姿から伝わるもの。そっちのほうが実は演劇的には非常に大きいんです。

谷津 「壊れる水」は、「祝/言」を言葉で理解するのではなく感じるものだと。

長谷川 感じるというか、言葉以外で捉える。人間には理性と感情の二つしかないわけじゃない、というのが演劇の考え方。ゼロかイチかじゃない。どっちかじゃないんです。政治というのは、投票するかしないか。選択肢を狭めていって二者択一にするんですが、我々劇作家とかアーティストっていうのは、選択肢を広げるんです。俳優とか劇作家とか演劇人は、身体的に「ちゃんと生きてる」連中が多いです。普通の人から見れば「ちゃんと生きてねぇだろ」って言われる職業かもしれないけど。いろんな空気感とか、地域社会の動き方とか、そういうのを肌で感じるんですよ。言葉ではなくて。

谷津 長谷川さんの身体が感じた震災が、「壊れる水」で表現されているんですね。

長谷川 2011年の4月、震災の一ヶ月後に太宰治の「津軽」という芝居をやりました。その時は、岩手から青森にに避難してきた方々にも観ていただいたんです。その時、避難者の方を受け入れているお寺のご住職からこんな話を聞きました。避難されてきた方の一人がこう言ったそうです。「私は津波から車で逃げる時に、前を走っている人たちを轢き殺してしまった。こういう私は生きていていいのでしょうか。」と。それを聞いて打ちのめされました。その人に「生きていてもいいんだよ」って言えるのは、もう宗教か芸術しか無いですよね。それはその人にとって早く忘れた方がいい。忘れた方がいいんです。忘れるというのも、神様がくれた人間の才能の一つです。「あの震災を忘れちゃいけない」と簡単には言えないものがある。だから僕は劇作家として表現者として、被災した東北の人たちにどういうスタンスをとればいいのか常に考えています。
 「壊れる水」の中で、そのお坊さんの話をする場面があるんですが、そこに僕は寒立馬(かんだちめ)の映像を入れています。寒立馬っていうのは、下北半島の先端にある尻屋崎灯台のところに放し飼いにされている馬です。冬も放し飼いで、吹雪の中でじーっといるんです。不思議な馬ですごくフォトジェニックなので、写真家がいっぱい撮ってるんですが。今回、串田明緒さんという方が撮った寒立馬の映像を入れています。馬はただじーっとしてる。ただ生きてるだけ。何もしていない。ただじっと吹雪に耐えながら生きてるんです。それに僕は、被災者のことをオーバーラップさせるんじゃなくてむしろ僕自身をオーバーラップさせた。言葉を持たず、ただそこにいるだけ。非常にプリミティブな眼差しです。それは「祝/言」にも共通している僕自身の眼差しです。

 

演劇の「共有する力」

(『祝/言』より 撮影:鈴木理策 )

長谷川 もともと僕が「祝/言」をやろうと思ったのは、中国や韓国の連中があの震災をどう見たのか、興味があったからなんです。もともと中国、韓国の俳優とはずっと付き合いがあったんだけど、震災の後、夜中に連絡が来るんですよ。「どうしてる?一緒にやりたい」と。それで僕も「ああ、俺も一緒にやりたいよ」と。彼らがどういう風に見ているかを知りたかった。それで参加してもらったんです。日本と中国と韓国は、国同士の話で言うと、距離的には近いのになぜか分かり合えない。でも僕たちは個人的なレベルで付き合っている。その3者で、お互いをリスペクトしながら「弔い」を共有したかった。
 韓国、日本、中国で全部で26ステージあったんですが、その間に表現がどんどん深まっていきました。演技の中にもダンスの中にも表現の中にもいろいろな形で現れてくるんですよ。強烈なシンパシーが生まれていくんです。一緒にいるよ、隣にいるよ、と。伝わり方も変わってくる。繰り返すことが大事です。演劇の場合は映画と違って流通できないでしょう。でもね、おそらく映画の10倍くらい伝わり方の強度があるんですよ。同じ空間で息をしてることが一番大きいんだけど。だからやっているうちにどんどん変わってくるんですよね、同じ時間を過ごすことで。
 距離の違いによる感じ方の違いは、近いと思っても確実にあります。震災の後3年経って、韓国のセウォル号という客船が沈没して大勢亡くなったんだけど、その時に韓国の俳優から「長谷川さん、俺らようやく『祝/言』の意味を本当に理解しましたよ」っていう連絡が、全出演者から来ました。

谷津 距離感が縮まったと。

長谷川 縮まったんですね。だから、ある一つの事柄を共有する行為が必要。ネゴシエーションするんじゃない、共有するんですよ。それは政治的には絶対に無理なんだけど、我々アーティストにとって大事なこと。だから、チベットへの弾圧のことも香港のデモのことも、我がことのように胸が痛い。

谷津 それは共有をしているから?

長谷川 そういうことです。演劇人だけが共有してどうするんだよと思われるかもしれないですが、演劇人というのはそれをいろんなところに振りまきます。「俺はこういう風に考えてるよ」って。それはとても大事なことだと思います。政治と違うやり方で、他の人たちに対してメッセージを送ることができる。それが演劇人ですよ。
 

人間には「物語」が必要

(『祝/言』より 撮影:鈴木理策 )

谷津 震災の後、主人公が何も書けなくなるというシーンが「壊れる水」に出てきますが、長谷川さんご自身もそうだったんでしょうか?」

長谷川 まったく書けなかった。書けなくてね、どうしようもなかったんですよ。小説家の保坂和志は僕の親友なんですが、彼も書けないと。何で書けないかというと、いったん世界が終わっちゃったの。「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である」っていうアドルノの有名な言葉がありますが、それを思い出しましたね。言葉はすべて無力だと。さっきのお坊さんの話を聞いたことも衝撃だったし、ある時は、13歳くらいの少女がずーっと瓦礫の上を歩いている映像をテレビで見ました。少女がいて、ディープフォーカスで遠くの方まではっきり瓦礫の山が見えている。そこで少女が「お母さーん」って叫んでいるんです。「私の言葉には力が無い」と思いました。あのとき、劇作家も小説家も、みんな言葉を失っていきました。どんどん失っていくんです。起きていることを言葉に置き換えることができない。何か見たものに対して言葉を引っ張ってきて、新しい価値を見出すことができない。2011年の3月11日のあの日から、言葉をどんどん失くして、語る言葉を持たなくなった。それは、劇作家にとっては生きるべき世界を失くしたのと同じなんです。
 そこからどうして立ち直れたかというと「物語を作らなきゃいけない」と思ったから。やっぱり物語で解決しなきゃいけない。解決にならなくてもいいんだけど、物語が必要なんです。小学校に上がる前の子どもたちって、絵本を読んでもらいたがりますよね。「いっぱい読んで。もっともっと」って。あれは理性の芽生えなんですよ。子どもたちが複雑な世界の中で理性的にものを考える手がかりは物語なんです。それは大人にとっても同じこと。今、イエスかノーで単純に分けてしまうような画一的な世の中になってきている。本当はもっと複雑なものなのに。世界を理解するために、まず物語がある。フィクションとノンフィクションは、フィクションが先なんです。最初に物語があって、それをどう考え、どう受け止めて、どういう行動につながったかというのがノンフィクション。だから物語を作ることを決してやめてはいけない。「絵本を読んで」とせがむ子どもたちのように、理性ではとらえられないところに被災者の方々の心情はある。理性じゃないし、そこで終わるような感情でもない。だから物語が必要なんです。物語を作り続けなければならない。

谷津 伝統芸能もそうですね。計り知れない自然というものにどう相対するかを捉えようとしたのが、原初的な芸能だと思います。

長谷川 その通りだと思います。昔話もみんなそうでしょ。みんなフィクション。それをなぜ必要とするか。真実はどっち側にあるかと言ったら、僕は物語の方にあると思う。子どもたちは理性で考えられないので、真実を知るためにもっと物語を、もっともっと読んで、という風になるんですよ。今の社会を見るとそれがもっと必要だと思う。物語をどんどんつぶす方向に来ていますからね。多様性を認めない。震災に絡んでもそれがわかりやすい形で構造的に見えてきましたよね。被災者に対してすべて同情しなければならないとか、忘れてはいけないとか、原発を過去の歴史にしてしまうとか。特に原発に関しては、これは大きいです。原発がああいう風になってしまって、実は日本はもう一回終わったんだということをちゃんと考えなければいけない。それを考えることができないのは物語の喪失です。日本はあの原発事故があったことで世界に対して常に引け目を持たなきゃいけないはずのに、それを、無かったことのようにしていっている。それに対抗する一つの手段が演劇です。人間に対する基礎研究はテレビにあるか演劇にあるかって言ったら、明らかに演劇の方にあるわけです。だから演劇をやってきた連中というのは自分の核となるものを持っていますよ。疎まれるけどね。

谷津 まったく書けなくなったところから、どのようにして書けるようになったのでしょうか?

長谷川 いろんなきっかけはあるんだけれども、物書きの常として、毎日、最低1日3時間から4時間は座ってるんですよ、毎日やるんですよとりあえず。毎日ですよ。本当に座り続けたんです。物語がやってくるまで1ヶ月半かかりました。どこからやってきたのかって聞かれると困るんだけど、やってくるんです。それまでまったく、一行も書けませんでした。あ、エッセイだけは書けたかな。「なぜ自分が今こうなのか」っていうエッセイだけは書けた。井上ひさしさんは台本がなぜ遅れてるかっていう理由は書くけど、台本は書かないでしょ。自分を客観視して書くっていうのはできるんですよ。だけど、物語は違う。

谷津 2011年の4月に太宰治の「津軽」を上演されていますが、これは震災前から決まっていたんでしょうか。

長谷川 前々から決まっていたものです。他の多くの公演と同じように、中止にする話も出ました。でも僕は、青森県知事(編集者注:2003年6月より現職の三村申吾氏)と話をして「やりましょう」と。「絶対物語は必要です」と言って、やりました。被災者の方も招待して。だから青森県知事は偉かったです。彼はもともと文芸の編集者ですから、分かるんですよ。人間には物語が必要なんです。大人は理性だけで真理に到達できると思ってるでしょ。特に今の社会はそうだ。でも子どもたちは、真理が物語の中にあると知っている。いろいろな物語を見てその中で取捨選択をしていって、「これだ」と思う真実に至るのが、必要なことだと思います。

(2019年12月9日 仙台)

 

長谷川孝治

劇作家・演出家。青森県立美術館舞台芸術総監督・NPO弘前劇場理事長。1978年劇団「弘前劇場」結成(現NPO法人弘前劇場)。1996年第1回日本劇作家協会最優秀新人戯曲賞。2006年~現在、青森県立美術館舞台芸術総監督。2013年日中韓国際演劇制作作品『祝/言』をソウル、チョンジュ(全州)、テジョン(大田)、北京、上海、青森、仙台、東京の8都市で上演。

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仙台舞台芸術フォーラム インタビュー(なかじょうのぶ)

「仙台舞台芸術フォーラム」インタビュー 

なかじょうのぶ(劇団三ヵ年計画)

インタビュー・編集:谷津智里

 

旗揚げ公演の前日に被災

(「徒然だ」2015年栗原公演 )

谷津 なかじょうさんは宮城県栗原市のご出身ですが、20代から30代の半ばまでは東京で劇団韜晦(とうかい)工房舎を主宰していらっしゃいました。36歳で栗原に戻って来られて、一人芝居をしながら仲間を集めて、満を持して劇団旗揚げ公演をしようという時に震災があったんですよね。震災が起きた時のことをお聞かせいただけますか?

なかじょう ちょうど旗揚げ公演の前日で、地元のコミュニティセンターで最終リハーサルをやっている時でした。あんなに大きな被害が出るとその場では思っていなかったから、「明日できるのかなぁ」なんて考えたり、天井裏の照明の心配をしたりしていた。揺れはかなり大きかったから、各自自宅を確認して、何もなければ夕方戻って来て稽古の続きをしようといったん解散したんですが、誰も帰って来なかった。後で分かったことですが、劇団員のうちの二人の家が全壊の判定でした。僕は稽古場で待ってたんですが、市役所の方が来て「大変なことが起こったみたいだ」って繰り返し言ってて。まだ津波のことは知らなかったけど、ひょっとしてこれは、自分が想像している以上のことが起きているんじゃないかと感じていました。次の日、スタッフがなんとか現場に行ったけど、会場も停電してるし、公演は全面的に中止となって。2、3日して、だんだん様子がわかってきた感じでした。

谷津 やろうとしていた旗揚げ公演についてはどう考えられましたか?

なかじょう 表現するというのはお客さんがいてなんぼの世界なので、公演が出来なくなってお客さんのことをすごく考えましたね。日常がどこまで戻ると非日常を見せていいのかというのは、すごく戸惑いました。「避難所で毛布を被ってる人たちの前でやっていいの?」って。それは劇場における通常の観客論じゃなくて、ひょっとしたら本当の観客論なんじゃないかと思います。自分たちが表現するってなんだろう、ってね。

谷津 その時期を経て、9月に仕切り直しの旗揚げ公演をされていますが、その間に考えの変化みたいなものはあったんですか?

なかじょう 被災した人たちの感情を開放しなくちゃいけないというのは考えていました。公演ができなかったとき、被災地の小学校に何度か読み聞かせをしに行ったんですが、海は綺麗なんだけど、通学路は山のような瓦礫の中を歩いてくるんです。その子どもたちの中に蓄積される心象風景ってなんだろうって。白黒の風景を登校してきた子どもたちに、一つの安全と言われる場所(学校)ではもう開放されていいんだよって伝えるために、表現には力があるんじゃないのかなって思いましたね。僕らが読む話を子どもたちが聞くことで、笑ったり、泣いちゃったり、どんな反応をしてもいい。昔見たものが違って見えてもいいし、欠損した部分があってそれを大きい声で悲しんでもOKだし、やっと美味しいご飯が食べられるってゲラゲラ笑って喜んでもいいし、みたいなね。宮沢賢治の童話なんかを読んだんだけど、その時、「聞かせる」んじゃなくて「伝える」んだよなって思いました。お話を伝える。「聞かせる」だと「聞いてますか?」になっちゃうけど、「伝える」っていうのは伝わんなくてもいい。その子が聞いたのものが、その子なりの色に伝わったなら、それでいい。これから芝居でも朗読でもなんでも、聞かせるんじゃなくて伝えるって気持ちを持ちたいなぁと思いました。震災があったからというより、震災後のそういういろんな体験の積み重ねで、自分の表現が微妙に変わっていったっていうのはありますね。

震災の経験を経て変わったこと

(「徒然だ」2015年栗原公演 )

谷津 もう一度旗揚げ公演をやろうと集まった時、俳優さんたちにも変化を感じましたか?

なかじょう 震災前とはかなり違いましたね。言葉が丁寧になりました。台詞を鵜呑みにせずちゃんと聞いて、キャッチしてから喋ってる。三カ年計画ってほんとに一から作った劇団なので、「高校演劇以来舞台に立ったことありません」という人もいて、8割がた初舞台みたいな状況で練習してたんですけど、5月、6月と一緒に被災した学校を回ったりして、7月、8月頃から生活のリズムもできてきたので「公演できるように稽古だけはやっとこうか」って稽古を再開したら、台詞がただの台詞じゃなくてちゃんと言葉になっていた。「すごい、役者になっちゃった」と驚きました。劇団員も、「伝える」ということを無意識のうちに考えたのかな。

谷津  なかじょうさんご自身の演出に影響はありましたか?

なかじょう 極端に言うと、あまり説明をしなくなった。「この言葉はこういう感じなんじゃない?」とか、「こういう意図で書いてるんだよ」ということを言わなくなりましたね。そっちの方が面白くなったというか、こっちがあえて狭めることはないんだなと。本人が言葉をどうやって消化するかを、待って、見ていればいいんじゃないかと思うようになりましたね。

谷津 なかじょうさんご自身の中では何が変わったんでしょう?

なかじょう どうなんでしょうね。何か直接的な原因があったわけじゃなくて、0.0何ミクロンの積み重ねみたいなものがうすーくうすーく堆積した結果、変わったような感じはあります。3.11以降に見た風景が堆積していったのかもしれないし、マスコミで見聞きした情報も堆積していったのかもしれない。例えば震災後に海辺で波の音を聞いたときに「この静かな波があんな風景を作ったのか、この波の音が」と。「この音が複数固まっちゃったからたまたまああなったのかな」とか。そういう、ふと思ったことが堆積していく。自然の音はすごく気になるようになりました。3.11の夜ってすごく静かで、すごく星の音が聞こえて。星に音があるはずもないのに聞こえて、雪の音も綺麗に聞こえて。あの瞬間からかなぁと思ったりもします。あの日夜中に外に出て、冷たい風にも音があって、雪にも音があって、闇の音もすごく感じた。そういう音が残響として残っている感じがある。

谷津 あの時、それまでは見えていなかったものが見えたり聞こえたりして、日常に戻ってもそれらの存在は消えていないと。

なかじょう あれからいろんな本が出版されて、東北の幽霊のことを語ったものなんかもありますが、そういう存在を否定しなくていいんじゃないかと。その方が日常に一緒にいられるんであれば、幽霊でもいいんじゃないかって。ひょっとして自然の中にあるものというのは、そういうふうになっているのかもしれない。かかってこないはずの電話が鳴るのは機械の誤作動かもしれないけど、誤作動も認めていかないといけないみたいな。たまたま友達に曹洞宗のお坊さんがいて、そいつなんかは宗派宗教取っ払っちゃって鎮魂しようって、キリスト教も仏教も神道も関係なくみんなで三陸の海を歩いたりしてるんですが、そいつなんかと話してると、「突然いなくなっちゃう」っていうことを無理やり押し込める必要は無いんじゃないかって。突然いなくなった方も、四十九日で成仏する作法を知らないかもしれないし、いてもいいんじゃないのって、そいつは言ってた(笑)。

谷津 生きている人も亡くなった人もみんなで一緒にいる、ということなんですね。

 

時間の経過とともに生まれた三部作

(「徒然だ」2015年栗原公演 )

谷津 今回ドラマリーディングで再演される「徒然(とぜん)だ」という作品は震災のことを描いていますが、それ以前にも震災のことを扱った作品を作られているんですか?

なかじょう 「徒然だ」は三部作の二番目なんです。その前が「異へ 其の弐」で、三つ目が「踊駄黙考(おだずもっこ)」。「おだず」は方言で、茶目っ気のある悪ふざけみたいなこと。おばあちゃんが、子どもが悪ふざけをすると「おだずすな」と言ったりします。

谷津 震災のことをテーマにした三部作を2013年から、2015年、2017年と一年おきに公演されたんですね。

なかじょう 仕切り直しの旗揚げ公演は「見上げれば故郷は見えたか」という題名だったんですが、実はもともとは「海底から故郷は見えたか」というタイトルだったんです。太平洋戦争末期に潜水服を着た兵士が米軍の船の底を棒付きの機雷で突いたという、特攻作戦の「伏龍」がテーマだったんですね。その人たちがもし生き延びていたら、今90いくつになって、何を考えているだろうっていうところから作った話。でも3.11があって、さすがにこの題名はまずいだろうとなって。内容は変えずに題名だけ変えて、台詞も、津波を想起させるような言葉は全部削って書き直しました。その作業をしながら「この言葉はどうなんだろう?この言葉はどうだろう」って考えていたら、紡ぎだしちゃったのね、次の作品を。旗揚げ公演が終わった後に、次に書くべき言葉が溜まっちゃっていた。それでそのまま「異へ 其の弐」が出来たんです。そうして「異へ 其の弐」をやった後、また時間が経過するとともに、本当に一番最初に体感したものが減退していっているんじゃないかとか、いや逆に大きくなっていっているんじゃないかとかってことを感じて、そういう、時間の経過に伴う葛藤とともに「徒然だ」は生まれてきましたね。

谷津 では最初から三部作の予定だった訳では無いんですね。

なかじょう ないです。3.11からだんだんと時間が経過していく中で、1年経ったから洗い出されたもの、2年経ったから洗い出されたもの、あるいは逆に失ったもの、というのを感じていって、「ああ、2年後の今はこれを表現しないといけないな」みたいな感じで作っていました。それで結果的に三部作になった。

谷津 なるほど、そうなんですね。それぞれどんな作品なんですか?

なかじょう 「異へ 其の弐」は簡単に言うと、地球外生物はあの震災をどう見ていたのかという話。実は地球の外にいた者たちには予知できていて、さまざまな形でシグナルを送っていた。3.11の前に魚の異様な行動が見られたっていう話がいろいろありましたよね。ああいうのはひょっとして、自然が警告を発していたんじゃないかと。物語的には馬鹿馬鹿しいんだけど、火星人は地球に来るとタコになるからみんな食べられちゃって、伝達できなかったっていう話(笑)。でも実は、それなりに聞くべき耳を持ってる人にはシグナルは届いてたんじゃないかと。「徒然だ」は文明に対する問題提起。今は携帯とか電波とかあるけど、ひょっとしたらそんなものが無くても心が通じる方法を原始時代の人たちは持っていたのに、文明を得る代わりにそれを捨てることになったというような。「踊駄黙考」は、山形の出羽三山の辺りに、小さい頃に亡くなった子を、生きていたら20歳を過ぎる年に写真同士で結婚させる風習が残ってて。他の地域でも、生きいたら25歳になる年に人形と結婚させるとか、いろんなのがあるんだけど。つまり、亡くなってしまったけれど、その後の記憶を生きてる側が作ってあげる。栗原の「風の沢ミュージアム」って、山の中の小さい美術館にあるカフェで上演したんですが、ガラス越しに急流が見えるんですよ。その急流の山を、花嫁衣裳を着た子たちが登っていくっていうラストなんです。どこまでも、幸せになる夢は見ていいと。

谷津 今回上演される「徒然だ」は、作品を指定して依頼されたんですか?

なかじょう いえ、三部作のどれかをやってくださいと言われて、その中だと一番直接的に震災のことを語っているのが「徒然だ」だと思ってね。墓標が出てきたり、津波で亡くなった孫のことを「ナミオ」と呼ぶとか。

谷津 初演版を再構成されていますが、2015年の初演からどのような変化がありますか?

なかじょう 初演より30分くらいカットしています。当時はもっと直接的に3.11のことを語るシーンがあったけれど、2020年では要らない言葉になっているものがけっこうあった。初演の時は、3.11より前におばあちゃんとトシカズ(ナミオの本名)が遊んでいるシーンがあったり、主婦3人の会話でリアルに3.11を説明したりしてたんだけど、それは5年経って、もう言わなくてもわかる共有事項になっているんじゃないかと。劇中で童話の世界にふっと入り込んじゃったりしますが、導入部分というか「ホップ」「ステップ」が無くて、いきなり「ジャンプ」させてるんですね。2015年だと、童話に救いを求めるみたいなことを日常会話として語らせたけれども、今やるんであれば、それももう了解済みなんじゃないかと。ジャンプを見せればホップステップも見えるようになったんじゃないかと思って。そうやって、要らないと思うところをカットしましたね。

谷津 2015年の時点ではまだ、あえて語る必要があったと。

なかじょう 当時だとまだ、(被災した人が)やっと復興公営住宅に落ち着けたとか、やっと新しい家が建ったような頃だったから。今はもう、目に見えるところでは震災の影響というのはほとんど無くなっているしね。それに、これだけいろんなところで水害が起きてくると、3.11を語るだけじゃなく、もっと普遍的な言葉で表現していかなきゃいけないなとも思う。3.11をみんな「異常だ」と言っていたけど、そうじゃなくて、どの災害の場所でも通じる言葉に変えていかなきゃいけないんじゃないのかというのはあります。

谷津 お話をお聞きしていると、なかじょうさんの作品のテーマは3.11以降、直接的にせよ間接的にせよ、災害のことや震災のことを扱い続けていらっしゃることが分かります。

なかじょう そうですね。やっぱり、体感したものを「記憶」にするのではなくて、隣に抱えて持っていかなきゃいけないかなって。震災の場にいた者の責任とか大げさなことは考えないけど、体感してしまった者としてすっかり過去にはできない感じはあります。生きてきた途上で起きたことは全部ひっくるめて自分だから、3.11という枠で囲うこともできなくて、自然に自分の中に持っているのは感じてます。もう逃げられないんだな、みたいな。被災した人たちのために、とか思っているわけじゃないけれど、いまだに行方不明者がいるということは、地続きの土地で生きている者とすれば引き受けていかなければいけない。行方不明者の最後の1人が見つかるまでは、という気持ちもあるし、もう逃げられないんだからそれでよしとするか、みたいな感じもあります。

谷津 なるほど。三部作を経て、2019年には「失念」を上演されました。「失念」は、直接的に震災のことは出て来ませんが、「忘れる」ということをテーマにしていて、震災を想起させる部分があります。

なかじょう うん、続いてるよね。匂いとしては同じものを持ってる。三部作が終わった後にひと呼吸置いて作ったんだけど、言わなくても役者の方が意識しているのを感じました。「記憶」という言葉とか、「経験したことを忘れてもいいんだ」っていう言葉は、やっぱり意識の底辺には3.11のことを置きながらしゃべってるみたいなね。でもそれがお客さんに伝わったかというのは、「聞かせる」じゃなく「伝える」でいいんじゃないかと思います。カメラの角度を変えても、まだどこかで行方不明者に気持ちがあるというのは、公演が終わってから気づいたことでもありますね。行方不明者が0になるまでは、言葉の色に自然に出ていくんじゃないかと思います。

(2019年12月18日 仙台)

 

なかじょうのぶ

1983年より独人芝居を始め16作品上演。1998年独人芝居『カイゴの鳥』劇作家協会新人戯曲賞受賞。2002年度宮城県芸術選奨受賞。2005年『木製家族』第三回近松賞最終候補作品。2010年劇団三ヵ年計画結成。2011年旗揚公演リハーサル中、東日本大震災に遭う。令和元年『vol.6失念』吉野作造記念館風の沢ミュージアム、せんだい演劇工房10-BOXにて上演。

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仙台舞台芸術フォーラム インタビュー(生田恵)

「仙台舞台芸術フォーラム」インタビュー 

生田恵(三角フラスコ)

インタビュー・編集:谷津智里

 

アーティスト自身が回復する過程で

(「はなして」INDEPENDENT:2nd Season Selection [2012年 撮影:INDEPENDENT] )

谷津 震災の後、どんな風に作品を作り始めましたか?

生田 一本目は、4月の末に「C.T.T.sendai 特別支演会」に参加させてもらっています。C.T.T.は「完成品のためにいろいろ試している過程」の発表の場を提供していて、通常は「試演会」という形式をとっています。もともと京都で発足したんですが、ちょうど震災の少し前にC.T.T.仙台事務局が出来たんです。そんな時に震災が起きて、他地域の事務局からも「応援する」という話が来たんですね。ただ、こっちは「この状況で一体私たちはどうしたらいいの?」「表現をやっていいの?」という状態で。何をしたらいいのかわからず、身動きが取れなくて、何も書けなくて、何かやりたいけれどとてもそんな状況じゃなくて。仙台の内陸部にいた私たちは、大きな揺れは感じたけれど直接的な被害はあまりなく、まだ家に帰れない人や、もっと辛い思いをしている人がいる中で「自分たちはそれほど被災してない」という思いがありました。「目に見えない被災」と言われたりしたんですが。でもやっぱり、表現する側の人間は表現することでしか癒されない部分がある。それで、私たちも回復するためのリハビリという形で少しずつ演劇をやるしかないのではないか、という話になりました。それでできたのが「いま。」という作品です。その時は、稽古場にいるのも不思議で。「本当にこんなことしてていいんだろうか?」と思いながら、身体中に、何かふわふわしたものがまとわりついたような感じのまま稽古場に行って。でも稽古場に行くと俳優は動くので「あ、それいいんじゃない?じゃあそこでちょっとすれ違ってみて。あ、いいような気がする。」とか言って。そういう、言語化される前の、動きから出てくるものだったり、彼らから発せられるものだったりを汲み取って、やり取りして、台詞の無い短い作品を作りました。それを(2011年の)4月30日と5月1日に発表させてもらいました。

谷津 稽古をし始めたのはいつ頃ですか?

生田 けっこう記憶が飛んでいて、わからないんですけど。震災の後、仙台の演劇関係者が「とにかく集まろう」と集まった会議が何度かあって、その時に、C.T.T.仙台事務局の人に「やりませんか」と声をかけられたのが作り始めたきっかけではありました。私は最初「ええ?本当にやるの?」という感じだったんですけど。ただ、他の地域の人たちが本当に協力してくれて。そうやって外の人と交流して、話をしたことが回復のきっかけになった部分がすごくあって。私たち、沿岸部の津波被害の酷さを見ているから、とても自分たちの話なんてできなかったんですよね。でも、他都市から来た人たちは私たちの話をすごく聞いてくれて。そうやって話すことで、助けてもらった感覚がありました。

谷津 その後に「はなして」という作品を作ったんですね。

生田 震災前に(劇団メンバーの)瀧原弘子の一人芝居をやる企画があって、作ろうとしていた矢先に震災があり止まっていました。震災後しばらくして作り始めましたが、言葉は散らばったままで、私はそれまでいったいどうやって書いていたのか、全く分からなくなってしまっていた。それで、風景とか、断片的なシーンをつなげて作ったのが「はなして」です。

 今思い出してみても、当時のことって言語化できないんですよ。あの時のことは視覚というか、写真のように見たままの状態を自分の中に溜め込んでいる感じで、言葉に変換されていない。今回、台本を読み返してみたら、あの時に連れ戻されるような感覚がありました。台詞も、その時の状況を説明しているわけではないんですが、連れ戻される感覚がすごくあって。これだけ時間を置いてから読んでも生々しい記憶が蘇ってきたことに驚きました。ただ、これを上演する時、お客さんも同じ感覚になってほしいわけではないんです。これだけ時間が経って、もう忘れたい人もいるだろうし、忘れられなくて苦しんでいる人もいる。そういう気持ちにフタをしてしまっているところに、そっとドアをノックするみたいに「あの日は、ここにありますよ」って伝えたいんです。「はなして」は一人芝居ですが、今回、周りに「見守る人」を配置しています。孤独にさせたくない、「傷を抱えていてもいいんだよ」と伝えたい。タイトルの「はなして」というのは言葉で「話して」と言う意味と、自分の身から「放して」の二つの意味があります。言葉にできず抱え込んだままの想い、あの日に縛られたままの気持ち、「それを、はなしても、平気だよ」と伝えたい。

 それと、「未来」を感じてほしいという思いもあります。私たちが今生きている時間は全部あの日の続きですよね。なので、今回の作品では子育てしている演劇人のお母さんたちにお願いをして、お子さんと一緒に舞台に上がってもらっています。子どもって、それだけで未来や希望だから。お芝居が始まる前に、俳優と子どもが一緒に舞台に上がって「震災の時どうだった?」という話をするんです。それを聞きながら自分のことを思い出してもらったり、あるいは震災を体験していない人でも「そんなことがあったのか」と思ってもらえればと。その後に一人芝居が始まる構成になっています。 

谷津 戯曲を読むととても短いですが、初演の時も同じ長さだったんでしょうか?

生田 同じです。これが、あの時に書けたもののすべてだったんです。そのまま普通にやったら多分20分ちょっとくらいしかない。なので、この作品だけで上演するのは難しくて、一人芝居のフェスティバルで上演したり、他の劇団の作品とセットで上演したり。いろいろな人たちの力を借りながら上演してきました。言葉が少ない分、身体表現であったり、言葉以外のもので作られています。

谷津 今回上演するにあたっても、戯曲には全く手を加えていないんでしょうか?

生田 全く加えていないです。最初、少しは変えようかと思ったんですがやっぱり無理で、この時のものを書き変えることはできないなと。それで、戯曲はいじらずに上演する際の構成を変えることにしました。

谷津 構成については俳優とも話をされたんですか?

生田 そうですね、最初はあまりやることを決めずに稽古場に集まってもらって。作りながらどうするか決めていきました。

谷津 「はなして」で描かれているのは、生田さんが見た風景ですよね。震災は、みんなが同じことを経験しているようでも、一人ひとり見たもの、感じたものが違うデリケートさがあったと思いますが、瀧原さんとはどんな風に作り上げていったんですか?

生田 そういうことでいうと、瀧原とでしか成し得なかったのかなと。私と彼女は小学校3年生からずっと一緒にいるんです。これだけ長く一緒にいて、劇団も一緒にやってきて、感覚で分かり合える部分はすごく多い。そうじゃなければ作れなかったと思います。

谷津 お客さんはどんな風に受け取られたんでしょう?

生田 普通のお芝居とは違う体験だったと思います。震災という共通の体験があって、でもお客さん自身の強い思いもそれぞれにあって、台詞であったり動きであったり、何かがフックになって、自分で自分の扉を開ける。そういうことだったんじゃないかな。簡単に感想を言える感じではなかったかもしれないです。どう思ったかということも含めて、お持ち帰りしていただいたというか。他都市での反応は仙台とは全く違うものでした。2011年の12月に東京で上演しましたが、反応が冷たくて。作品との距離感が分からないというか、「生々しさをどう受け止めたらいいか分からなかった」という人がけっこういて。あの時は「東京のお客さんはなんて冷たいんだ」って思ったんですが(笑)、そうじゃなかったんだなって、今回稽古しながら思いました。震災では東京の人たちも大変な思いをされていたんですが、「東北の人たちはもっと大変なのに」と、東北でも内陸部と沿岸部にあった差みたいなものが、被災地と距離が離れていたことで、より一層あったんじゃないかと。それで、自分たちも本当は傷ついてるのに、その傷を見ちゃいけないように感じてフタをしていたところに、生々しいものをポッと見せられたから、受け入れられなかったんじゃないかと。その時は分からなかったんですが。時間によっても場所によっても、本当に反応は違いました。

谷津 「はなして」は通常、三角フラスコでやっている作品とはかなり違う作り方でできた作品に思います。

生田 そうですね、普通の状態じゃなかったので。震災が起きたことによって、それまで自分の中にあったものがバラバラになってしまって、それを一つずつ拾い上げるような作業だったんじゃないかと思います。書き方すらも探して。「はなして」を書いた後にようやく会話劇に戻ってきて、台詞を台詞として書けるようになったので。だから、通らなければいけないプロセスだったのかなと思います。そうやって、アーティストとして回復していったんだと思います。

 

出産・子育てが与えた影響

(「はなして」INDEPENDENT:2nd Season Selection [2012年 撮影:INDEPENDENT] )

谷津 その後、大阪で別の作品を上演した後、2012年の8月に出産のために休団されました。

生田 はい。2012年の8月24日に出産しました。でもその年の冬に「あと少し待って」という作品の東京公演が決まっていたので、仕上がるくらいの頃に稽古場に行って。なので、休団といっても、行けるタイミングを見つけて稽古場に行くという感じでやっていました。

谷津 出産は生田さんにとってどんな出来事でしたか?

生田 私は自分が子どもを産むと思っていなかったので、最初はぜんぜん実感が湧かなくて。でも赤ちゃんって、一人では生きていけないじゃないですか。「この赤ん坊は、今私が離れたら死んでしまうかもしれない」という初めての感覚を知って。そういうことが、何かを変えていったような気がします。子どもは圧倒的に未来だし、希望だし、すごいなぁって。少し大きくなってからは、「伝えたいことはちゃんと言葉にしないと伝わらないんだな」ということに改めて気付いたり。

谷津  それは大人と話す時も?

生田 そうです。子どもと話すときに自分の思っていることをはっきり伝えるようになって、「あれ?私、今までこんな風に人とコミュニケーションをとったことがあったかしら」と。これまでは伝えたいことを曖昧にして、言わずに来てしまったんじゃないかと。そんな風に、子育てをしながら人との関わり方が変わっていったと思います。

谷津 それは作品作りにも影響していますか?

生田 そうですね、影響しています。「言わなくても伝わるだろう」とか「わからなくてもいいだろう」と思っていたことを、もっとはっきりと「こういうふうに届けたい」と考えるようになって。一番最近に書いた「コップの底の太陽」という戯曲があるんですが、これは、今までと台詞が全く違います。台詞が長い。それまでの作品は、一言一言けっこう短いセンテンスで書いていたんです。それが、この「コップの底の太陽」に関しては俳優にものすごく喋ってもらった。「台詞の量多いなぁ」って。

谷津 急にそうなったんですか?

生田 急に、と言っていいかもしれないですね。何の制約も無く本当に真正面から向き合って書いた作品としては久しぶりだったんですが、以前とは全く違うと思います。

谷津 言葉が増えたというのは、ご自身の中ではどんな変化だったんでしょうか?

生田 けっこう驚きというか。別に意識して長い台詞を書こうと思っていたわけではないんですが、一つ一つを置いてくというか書いていくと、そういうものが出来上がってきて。「コップの底の太陽」は戦争のことを書いてるんですけど、何年も演劇をやってきて書くものを書き尽くした感じもある中で、「今、どうしても自分がやりたいこと」に向き合った時に出てきたテーマだったんです。テーマがとても重たいのもあったと思いますが、書くのにすごく時間のかかった作品でした。自分たちにとって身近ではないことだし、そのために沢山喋る必要があったのかもしれません。

谷津 一方、今回上演する「はなして」は、言葉が少ないというか、言葉では何も語らない作品ですね。

生田 そうですね。(震災から)9年ですよね。今回やっているのは、その9年の「最初がどうだったのか」ということを振り返る作業なんですよね。私自身、忘れないと思っていたし、忘れたつもりもなかったんですが、でもやっぱり傷つかないようにしていたというか、見ないようにフタをしてしまっていたことがすごく沢山あったなと思ったんです。この作品自体は、その時点で何かを噛み砕いて作ったわけではなく、これしか出なかったということでしかないので、内容でそういうことを伝えているわけではないんですが。でもこの作品に向き合うことで、もう一度自分の中の震災に向き合うことができた。私にとってはそういう作品になりました。

 

舞台に垣根はない

(「はなして」INDEPENDENT:2nd Season Selection [2012年 撮影:INDEPENDENT] )

谷津 今お子さんが2人いらっしゃるということは、震災からの時間が経つ中でも、常に目の前にあることに対処し続けなければならなかった面があると思います。それによって、震災のことを忘れてはいないにしても、集中して考えることが無かったのではないかと。劇団のほかの女性メンバーの方にもお子さんがいらっしゃって、今回、お子さんと一緒に舞台上で話をするというのは、表現者である自分自身が子どもを育てていくということを、メンバーとあらためて考えることでもあったんでしょうか?

生田 そうかもしれないですね。今、いろんなことが分断されてるじゃないですか。子育てだったら子育てで、他の世界と交わらない。そうじゃないと良いのになぁと強く思っていて。ここ何年か、自分と違うものを拒んだり交流しようとしない、そういう垣根を社会に感じるんです。それが、生きにくくてすごく嫌なんですよ。でも演劇は、違う立場や意見を持った人たちでも、同じ舞台の上に立つことができる。舞台に垣根はない。ウチの劇団員の一人は独身で、子どもは産まないよと前から言っていますが、そういう彼女も稽古場で周りにいる子どもと関わり合い、本人も知らないうちに子育てに参加している。子どもがいようがいまいがみんな稽古に来たらいいさ。そんな彼女のような懐の深さが社会全体に浸透していったらいいですね。演劇って個人の役割がかなり明確なので、出るとなったら絶対にその人がやらないといけないじゃないですか。でも、今回出演してもらっている子連れの人には、「当日ドタキャンしても大丈夫だから」って言ってあるんです。「子どもが熱を出したら子どもを優先して」って。そういうことがあったとしても、作品作りの中で自分の思うことを言ってもらったりすることが作品にすごくいい影響を与えてくれるから、そういう不測の事態が起こることも含んだ上で作品作りを一緒にやってください、と。もし当日来られなかったら本人は残念かもしれないけれど、その時はそこにいる人間で話すし、その可能性を気にして「出れません」て言わなくていいよ、と。本番はもちろん大事ですが、稽古場という過程においても、絶対にその人でなければ得られなかった影響とか変化があると思うんです。

谷津 お話をお聞きして、子どもが舞台上にいることに意味があるという以上に、いろいろな立場のメンバーがありのままで自分のことを話すことに意味があるように思いました。

生田 そうかもしれませんね。作品との関係で言えば、子どもの存在が未来を感じさせてくれるというのはありますが、垣根をとっぱらいたかったというのが最初の動機だったのかもしれません。

(2019年12月13日 仙台にて) 

 

生田恵

仙台市出身。劇作家、演出家。1995年に三角フラスコを結成、初代代表を務める。以降、2012年までの38作品ほぼ全てにおいて作・演出を担当。2012年8月、出産のため一旦劇団の活動から離れるが2014年春に復帰。現在は、育児をしながら脚本を執筆するとともに、演劇の手法を用いた産み育てワークショップなども手がける。

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仙台・劇のまちトライアルシアター2020「子育ていろいろシェアリング」

仙台・劇のまちトライアルシアター2020「子育ていろいろシェアリング」

~あなたの子育てエピソードを演劇にします~

せんだい演劇工房10-BOXでは、2019年より舞台芸術分野で活躍する方々との協働で、
舞台芸術の可能性を拡げることを目指す「仙台・劇のまちトライアルシアター」を実施しています。
2020年は子育てをテーマに、実際に子育て中もしくは子どもたちを対象とした演劇活動を行っている方々と一緒に、舞台作品を創作します。
作品創作にあたり、子育てに関するいろいろなエピソードを募集します!
日常で起こるいろいろなハプニング・面白かったこと・心に残った出来事など、ぜひご紹介ください。仙台の俳優や演出家が、当ページへの投稿をはじめ、皆さまよりお寄せいただいたエピソードからも着想を得て台本をつくり、2020年12月に子育てをテーマにした公演(構成・演出:高橋菜穂子ほか)を行うことを予定しています。皆さんのエピソードをどうか貸してください!

 

【エピソードについて】

せんだい演劇工房10-BOXでは、「仙台・劇のまちトライアルシアター」の企画のひとつとして、
子育てをテーマとした演劇をつくります。子育てについて日常で起こる
いろいろなハプニング・心に残った出来事・忘れられない一言など、皆さまのエピソードをもとに
ごく短い演劇をつくり、その映像を随時YouTubeで公開していきます。
最終的に、これまでの作品を集めて構成した一本の演劇作品を創作し、
12月の上演(構成・演出:高橋菜穂子ほか/主催:公益財団法人仙台市市民文化事業団・仙台市)をめざします。

エピソードの投稿・閲覧はこちらからどうぞ
(Facebookページ https://www.facebook.com/kosodateiroirosharing/

※お寄せいただいたエピソードは、個人が特定されない形で作品に反映させていただきます。
※公演は、新型コロナウイルス感染症の流行状況等により、無観客での実施や動画配信、もしくは延期・中止になる場合がございます。

 

【映像】

「子育ていろいろシェアリング」告知動画

 

#01 自粛中の仕事

 

#02 どうにもできない

 

#03 ホルモンバランス

 

#04 しめだし

 

 

#05 一瞬で

 

 

#06 6ヶ月検診

 

 

#07 児童館デビュー

 

 

#08 会話がはずまない

 

 

#09 休園休校がもたらしたもの①

 

 

#10 休園休校がもたらしたもの②

 

#11 休園休校がもたらしたもの③

 

#12 それを親バカと言うのだ

 

#13 引っかかってやってよ

 

#14 「ママの似顔絵」

 

#15 「それはGだ」

 

#16 「あまくない?」

 

#17 「そーしゃるでぃすたんす」

 

【投稿・コメントについてお願い】

  • 投稿ページは、演劇作品の創作を目的とした子育てに関するエピソードを募集するためのものです。エピソード投稿のほか、メンバーが随時投稿する動画や写真、話題などをご覧いただけます。

  • エピソードは当ページへの直接投稿のほか、「#子育ていろいろシェアリング」とハッシュタグをつけてご自身のページに投稿することも可能です。その場合は投稿の共有範囲を「公開」にしてからご投稿ください。エピソードを利用させていただく場合にはご連絡差し上げます。なお、匿名での投稿をご希望の場合はFacebookメッセージよりご投稿ください。内容を確認のうえ、投稿者の方にご連絡の上、同意していただけましたら、管理者が代理で公開させていただきます。

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【仙台・劇のまちトライアルシアターとは】

杜の都仙台で、小さなチャレンジ・試行を重ねながら新しい舞台作品が生まれるきっかけをつくりたい。たくさんの作り手たちが生まれ、集い、育ち、素晴らしい舞台作品であふれる未来の仙台にしたい。そんな思いで2019年度からスタートした演劇イベントが「仙台・劇のまちトライアルシアター」です。

仙台・劇のまちトライアルシアター2019 高校生と創る演劇「又三郎」(延期)→公演情報はこちら

仙台・劇のまちトライアルシアター2020「子育ていろいろシェアリング」座談会(中止)→情報はこちら

イベント情報

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第38回市民能楽講座 宝生流 能「通小町」/和泉流 狂言「舟渡聟」

第38回市民能楽講座 

宝生流 能 通小町 

シテ 武田孝史  ワキ 大日方 寛

笛 小野寺竜一 小鼓 幸 信吾 大鼓 國川 純

和泉流 狂言 舟渡聟

シテ 高澤祐介  アド 三宅近成、前田晃一

2019年12月1日(日)14時開演/13時開場

会場 日立システムズホール仙台(仙台市青年文化センター)
料金 全席指定 一階席 前売3,000円、二階席 前売2,500円 ※当日各500円増し

【チケット取扱】*7月26日(金)発売

 (1) 仙台市市民文化事業団
 ●日立システムズホール仙台<1階事務室>*受付時間9:30~19:30(休館日は取扱いいたしません)
  電話予約022-727-1875(仙台市市民文化事業団総務課)
 ●仙台銀行ホール イズミティ21<1階>*受付時間9:30~19:30(休館日は取扱いいたしません)
 ●せんだい演劇工房10-BOX*受付時間9:30~19:30(休館日は取扱いいたしません)

(2)インターネット/コンビニ
   ●チケットぴあ https://t.pia.jp/〔Pコード:493-751〕 /セブン-イレブン
   ●ローソンチケット https://l-tike.com/〔Lコード:22721〕 /ローソン、ミニストップ
   ●e+(イープラス) https://eplus.jp/ /ファミリーマート

(3)プレイガイド
   仙台三越、藤崎、全国のぴあ店舗<藤崎/八文字屋書店仙台泉店 ほか>

主 催:仙台市能楽振興協会、仙台市、仙台市市民文化事業団
問合せ先:せんだい演劇工房10-BOX TEL: 022-782-7510

※上記の画像をそれぞれクリックすると、チラシの表面、裏面をPDFファイルにて閲覧・プリントアウトが可能です。